お茶の時間

お茶など飲みながら書き、そして読んでいただけたら幸いです。

曽祖父(ひいおじいちゃん)の遺伝…呪いみたいだな…と思ったこと

 またもやこんな夜中にこんな呪いなどという怖いことを…(^_^;)!

 とはいえ、これまた、この問題は私が20代の頃から気になることなのだけど、「呪い」なんて物騒なことを誰にも言えなくて、だから、ここに書いてしまおう! と思ってしまいました!

 

 20代だったある日…だからもう20年以上も前のこと、父が「ちょっと話がある」と言ってきたことがあります。

 その当時は両親とは離れた場所に住んでいたので、あまり詳しくは話さなかった父ですが…その時、父が言ったのは…

「どうやら、うちの家系は、発達障害の家系かもしれん」

 ということでした。

 父はその後、

「だから、おまえ…ちょっと考えろ…な」

 と言いにくそうにぼそっと言葉を濁したことを覚えています。

 父の言う「考えろ」というのは、私が子供を産むことについてだろうと…。

 

 発達障害の家系…あまりにも思い当たる節が多すぎます。

 まず、私と同じ歳の従弟のTちゃんから気付きました。

 子供の頃、私はTちゃんのことを「天才だ!」と思っていました。関西在住のTちゃんは電車好きで、まだ小学1年生くらいだったというのに、環状線の駅の名前を全て覚えていたからです。

 その後、わかったことは、Tちゃんは天才…というよりも自閉症だったということです。幼いのに環状線の駅の名前を全て覚えていたのは、つまりは自閉症の症状だったと…。

 また、同じ市内に住むこれも二歳年下の従妹のRちゃん、小学校に入ると毎日のようにRちゃんのお母さん(私にとっては、おばさん)は学校の先生から相談を受けていたそうです。というのも、Rちゃん、まるで「窓際のトットちゃん」そのもので、先生の話などそっちのけで授業中でも、友達と話すことがやめられない子供だったとか。

 Rちゃんとは家もまあまあ近いので遊ぶこともありましたが、その光景は目に浮かぶほどリアルなほど、Rちゃんもちょっと変わり者でした。

 

 私の代の従妹はそのくらいでしたが、その従弟たちが結婚し子供たちができた時も、これまた…!

 東海地方に住む従弟のKちゃんの娘のSちゃんもADHD、きわめつけは、うちの姉の子供、私にとっては姪っ子も広汎性発達障害自閉症…割と重い症状)…。

 

 実際に発達障害が遺伝するのかどうか…まだよくわかってないとは聞きました。けども、うちの父方の場合…やっぱり、受け継がれているような気がしてなりません。

 

 …と、つらつらと事例ばかり並べてみましたが(実は、まだあったりしますが長くなるのでカットします)、父いわく…

「あいつのせいだ」

 と言うのです。「あいつ」とは、父の父の父、私からしたら曽祖父(ひいおじいちゃん)のことらしいのです。

 これは父が亡くなる前に話を聞きました。

 うちの父方の苗字は、Iと言いますが、曽祖父の苗字はYです。

 あまりにも変人だった曽祖父に愛想をつかし、曾祖母(ひいおばあちゃん)は離縁したそうです。DVもひどかったらしいです。

 また、私にとっては祖父(おじいちゃん)は、この曽祖父(祖父の実の父)を嫌って自ら家を出た…その後もいろいろあったそうですが、父も祖父が話したがらないのでそれ以上はわからなかったとか。

「今から考えたら、あいつは、まさしくアスペルガー症候群だったろう」

 と父。昔はそんなこともわからないので、理解不能の変人扱いで、挙句の果てには親戚縁者とも縁を切られるような状態だったそうです。

 父が「あいつ」と言うほどに、父方の親戚からはまあ、良く思われていなかったのですね。

 そこで、私は思ってしまいました。

 今でこそ、アスベルガー症候群、発達障害などは割と認知されており、それは脳機能が普通とは違うから言動が少し奇異になってしまうのだ、とわかっていますが、先にも書いた通り、昔は単なる「変人」扱いです。

「ひいじいちゃんは、どんな想いだっただろうか? 誰にも良く思われず…どんな想いで亡くなったんだろ…自分の息子にも憎まれて…」

 せつなくなってきましたが、ふと…怖いことも考えてしまいました。

 

 これだけ、父方の血筋には、発達障害が多い…

「遺伝って呪いみたいだな…」

 と感じずにはおれないです…。

 そんな私も発達障害ではないようですが(それは病院でも再三言われました)、パニック障害ではあります。

 なんて、それを、ひいじいちゃんのせいにしてはいけないですね(^_^;)!

 

 なんだか思いのほか、長くなってしまいましたが、血筋、遺伝の不思議…

 もしかして、遺伝だと思ってるけど…

 曽祖父の呪いだったりしてヽ(;´ω`)ノ

 なんてこと、それこそ家族には話せないのでブログに書いてみました。

 

 まだまだ、特に父方の方の何かよくわからない不運・不幸の連鎖はあるので、またの機会に書いてみたいと思います。

 こんなこともあったりしますが、

何故か私は日々、割と楽しく過ごしています(^・^)